2021-05-13 第204回国会 衆議院 総務委員会 第16号
平成の大合併をやりましたけれども、やはりこれは効率主義過ぎたと思うんです。それから、平成十七年から平成二十一年まで行った集中改革プラン、これによっても地方公務員の数がかなり減りました。平成六年からどんどんどんどん地方公務員の数が減っていって、令和二年四月一日現在で二百七十六万で、平成六年をピークとすると五十二万人、地方公務員の数が減っているわけです。
平成の大合併をやりましたけれども、やはりこれは効率主義過ぎたと思うんです。それから、平成十七年から平成二十一年まで行った集中改革プラン、これによっても地方公務員の数がかなり減りました。平成六年からどんどんどんどん地方公務員の数が減っていって、令和二年四月一日現在で二百七十六万で、平成六年をピークとすると五十二万人、地方公務員の数が減っているわけです。
これは、一部の方には、それはもう効率主義ではないかとか……(階委員「何主義」と呼ぶ)効率主義。経済至上主義というのか効率主義というのか、そういうものの雰囲気がするよという御指摘もいただくのですが、今我々が認識をしなきゃいけないのは、地方においてこそ人手不足が起こっているということをどのように考えるべきなのか。 地方において生産性を上げるということが、それすなわち失業の拡大につながるわけではない。
特に、事業仕分けで短絡的な効率主義や成果主義を文化芸術に持ち込むやり方に、世界の通念からも非常識だと強い憤りと反対の意見が文化人から発せられたことは記憶に新しいところであります。 やはり、文化芸術への公的支援は、短期的な経済効率性を見るのではなくて、長期的かつ継続的な取り組みが何より大切だと私どもは考えます。
そういう中に、特に最近は効率主義というのが入ってきております。例えば、大正時代に建てられたコンクリートの建物などを見ますと、非常にぜい肉が多いわけですが、逆に関東大震災でも頑丈に生き残ったりしていた。しかし今日は、ぎりぎりの安全性をミニマムのところで取って効率よくすると、やっぱりどこかで物が壊れるというようなことがしばしば指摘されるわけです。
そこで、お伺いをしたいわけでありますが、内閣府の国民生活審議会消費者政策部会というところの論議の中で、これは〇二年の十月二十八日の会議でありますが、「我が国の安全規制に関する現状分析」というのが論議になりまして、その中で、行き過ぎた競争・効率主義に対する反省もあり、横割り行政の仕組みの導入を含め適正な規制のあり方を模索すべきだということ、それから消費者の権利という概念について検討すべきだというようなことがここで
特に医療の場合は不採算医療、つまり、大臣もおっしゃいましたけれども、難病でありますとか、めったに起こらないけれども感染症に対する備えとか、これはやはり効率主義、市場経済だけでは全く不効率きわまりない。そういうものをやはり担っていく公の医療というものがあると思いますね。 ただ、残念といいますか、すべて、国立病院もいわゆる独法化されていく、大学も独法化していく。
だから、もっと今この法律であるように、効率主義とか市場主義とかいうものを学べと、役人がということですよね。だったら、もっと派遣して勉強したらどうですかという、そういうことを言っているんですが、今のようなお答えしかないんですが。このアンバランスについて、アンバランスです、インバランスじゃなくてアンバランスについてどういうふうに思われますか。
○近藤正道君 いや、もう私はその言葉自身は、その言葉で、その今言った競争主義とか、まあ大臣は効率主義というふうにおっしゃったけれども、それを直ちに見るというのは多少私も気が引けるところがありますけれども、しかし改正案については能力主義を更に加速をさせる、そういうものを目指しているというところは多くの識者がやっぱりこれ言っていることなんで、そこで、それを立法的に手当てするものとしてはじゃ何なのかなと私
ところが、その農水省が農業基本法の一番原点である、農業基本法の考え方の生産効率主義を今この段階でやろうとしている。この考え方が違うんじゃないかなということを私は繰り返し言っておきます。 私は、今本当に必要なのは、農業をやりたいという人は最後までやってくださいと。その上で、じゃ、受け手、農地を受け取っている方々については流動化をしっかり進めますと。集落営農をやりたい人も結構です、やってくださいと。
効率主義があんまり蔓延しちゃっている。本当に必要なシビルサービスというものをどうやって確保するかということも、これからの農村のことを考えるに当たって本当に大事だと思います。そういう、せっかく食料・農業・農村基本法になったんですから、農村という視点をしっかり持っていかなくちゃならないし、この視点が欠けたら本当に農業駄目になってしまいますよ。林業だって私は駄目になってしまうと思いますよ。
つまり、市場原理、効率主義というのを人間の社会の中に入れるということは自然の流れでありますし、それがいけないというようなことを言って失敗したのが社会主義経済だったのではないかというふうに思っているんですけれども。しかし、それが万能であると、また教育にストレートな形で入ってくると、教育の現場では、子供の成長の中で、例えば正義ということをどう考えるか。正義はお金もうけとは違った局面があるわけですね。
これも中教審の審議に入る前の先生の御見解だと思うんですが、〇三年の二月二十七日号で、日本経済新聞だそうですが、教育改革国民会議委員をおやりになって、その中の審議の過程だと思うんですが、先生が市場原理や効率主義を優先する教育改革に異を唱えたという記事がございました。これは、私たちも全くそのとおりだと。 教育が市場原理に全部ゆだねられてしまったら、これは大変な話になる。
経済効率主義者は集落移転やればいいというふうに言います。それはできたらいいですよ、それは、集落移転。だけど、そこへ行って、独居老人、行ってですね、集落移転やってくださいなんて言えません、それは。行って、私はここ、先祖伝来ここに暮らしているから暮らしたいと言われたら、分かりましたと言うしかないんです。そうすると、道路の整備はしなくちゃならない、いろんな整備はしなくちゃならない。
まず第一に、私は、そういう出産や妊娠をする女性労働者は非効率だという効率主義があると思います。子育てはそもそもが非効率な作業でありまして、このところ、社会の中で産み損という感覚が母親の中で蔓延し始めているということを指摘する識者もあります。子育てというものに喜びと豊かさがなければ少子化などというものは克服しないということであります。
それは検討会の中ではそうではなくて、最終的には法曹資格者が大所高所に立っていろいろ総合的に判断するということを堅持しているからいいですけれども、これはよほど今後も警戒をしないと、さっき言ったように、迅速だけ求められたんじゃ、さっさとやればいいんだという、効率主義一辺倒でいったら私はえらいことになると思うので、そこはきちっとしたブレーキなり理念をはっきりとやっぱり確立しておいてもらいたいと思いますけれども
そのまさに効率主義のみで、どうも今、国、政府が走り過ぎているのではないかというのは、三位一体改革などの批判からしても十分うかがえるわけでございます。
それは何かというと、教育の効率主義あるいは能力主義、それに基づく教育観では障害者とともに学ぶ場は作ることができません。行き過ぎた効率主義や能力主義、競争主義を是非とも是正する、そういった社会にしていくためにも、原則統合の教育制度に変えていくこと、その実態を作っていくことが急務ではないかというふうに思います。 以上です。
国民一人一人が誇りと生きがいを持てるようにすることが政治の最大の使命であり、それは、単に効率主義や合理主義だけでは達成できるものではありません。全国には、まだまだ道路を始め社会資本の整備が立ち後れている地域が数多く残されており、時には生命や生活を脅かされながら、不安を抱えて暮らしている住民がいることも忘れてはなりません。
それは竹中大臣でありまして、竹中大臣がすべてその経済効率主義で日本経済や日本に暮らす人たちの生活を大きく変えている張本人ではありませんけれども、竹中大臣がこういう考えでこういうふうにしているというふうにしますと、地域の人たちは妙に納得をしてくれるわけであります。
それを効率主義の中に全部一緒くたにしていこうという考え方、それを国家の指導原理原則に、中核に据えられて、結果主義ですね、結果がよければすべてオーライというその考え方。途中経過の、その努力していく中に人生の妙味があるじゃないですか。 僕は言いたいんです。
○岩本荘太君 今の大臣のお答えが、経済効率主義でということでない別の面からも眺めたいというふうにお答えいただいたんだと思って納得はさせていただきますが、前の大臣もその前の大臣もはっきりこう言っているんですよね、経済効率主義でない面も考えなきゃいかぬというようなことは。
私は、そのときも申し上げたんですけれども、中山間地の問題というのは、これはそこに住んでいる人の問題でなくて、いわゆる国土という観点から国民全体の問題で、むしろ中山間地が疲弊したら、それは、そこに住んでいる人よりも、むしろ川下の都会の人が困る問題であるんで、日本全体の問題として取り上げていただきたいと、そういうことと、それから、やっぱり今の経済効率主義で算定するとどうしても取り上げづらい問題が、何も農業
最後に、時間がちょっと余っておりますが、前々回、警察庁の審査のときの積み残しなんですけれども、先ほど大臣、大変いいことを言われて、私はちょっとなるほどと思ったんですが、荒井委員の答弁の中で、社会資本整備は赤字覚悟でも国としてやらなきゃいけないものはやらなきゃいけないというような、確かに、私は経済効率主義でやりますと地方というのは寂れちゃう一方だという認識でおりますから、別の角度から、いわゆる今の経済効率主義